日本ローカーボ食研究会

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第9章 肥満パラドックスを知る

日本ローカーボ食研究会代表理事 
灰本クリニック 院長 医師 灰本 元

1.肥満パラドックス

 糖尿病では肥満が長生きか、やせが長生きか?という質問を医師をも含めて100人に問うと、ほぼ全員が「やせに決まっている」と答えることでしょう。

 ところが、人体はそれほど簡単ではありません。メタボリック症候群は糖尿病と心筋梗塞の発症をアウトカムとする研究から導かれた概念で、せいぜい数千人、5年以内の研究がほとんどです。つまり、発症まで追跡したが亡くなるまで追跡したわけではありません。癌や呼吸器疾患による死亡は日本人の死亡の約半数を占めていますが、メタボリック症候群はそれらの疾患をまったく考慮せずに成立した概念なのです。

 一方、肥満パラドックスはBMIが30未満なら痩せるよりも太るほど死亡リスクが減るという概念で、5-10万人を10年以上追跡しそのアウトカムは発症ではなく疾患による死亡です。最近10年間に肥満パラドックスはあらゆる致死的な疾患について成立することがわかってきました。心不全、心筋梗塞、脳血管障害、癌、腎不全、肺炎、慢性呼吸器疾患、関節リウマチなどです。命と疾患の関係をみるにはメタボリック症候群は欠陥だらけで、肥満パラドックスが優れています。痩せていて糖尿病や心筋梗塞を発症しなくても癌で早死にしたらそれを健康とは言えないのです。

2.糖尿病でも肥満パラドックス

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 図9-1は韓国で行われた住民130万人を9年間という大規模長期間追跡研究の結果で、2017年12月に発表になりました。左グラフはBMI別に9年後の糖尿病発症リスク(糖尿病のなりやすさ)を見たものです。130万人のなかから9年間に10万人が糖尿病を発症しました。BMI 16.0~18.4の最もやせた人からBMIが増えるほど糖尿病発症のリスクは直線的に上昇していきます。BMI 32.5~34.9の肥満の人(私の身長で90kg以上の人)はBMI 16.0~18.4のやせた人(私の身長で50kg以下の人)に比べておよそ6~10倍も糖尿病発症リスクが上昇します。

 ところが、糖尿病を発症した10万人を追跡してBMIと死亡リスクの関係を調べた右のグラフでは、先ほどとは真逆で死亡リスクは右肩下がりとなっています。BMI 30以上の肥満の糖尿病患者の死亡リスクを1.0とするとBMI 16.0~18.4のやせた糖尿病患者の死亡リスクは1.5で、50%も死亡が増えているのです。

 日本人の糖尿病患者4000人を20年間追跡して死因とBMIの関係を見た研究もあります(図9-2)。

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BMI<20ではすべての死因で死亡リスクが高く、BMIが増えるにつれて感染症の死亡リスクは減っていきます。

 ついで40歳以上の日本人一般住民35万人を12.5年間追跡した研究を紹介します(図9-3)。

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亡くなった41,260人の登録時(12.5年前)のBMIとその後の死亡リスクについて解析したグラフです。男性で一番長生きなのは青の括弧の範囲、つまりBMIが23.0~29.9、女性では赤の括弧のBMIが21.0~26.9となります。これらを端的にいえば「痩せは早死小太りが長生き」となります。

3.適正体重を守り、血圧とLDL-コレステロールを下げながら、血糖をコントロールする

 体重が増えればHbA1cが悪化し、減ればHbA1cは改善します。しかし、体重が減ればあらゆる死因で死亡リスクが高くなり総死亡が増えます。まさにジレンマです。

 HbA1cが高くて問題になるのは唯一0.01mm径の毛細血管障害で、眼底出血、腎透析、趾の壊死などを発症しますが、これらの疾患だけでは死に至りません。一方、高血圧と高LDL-コレステロールは数mm径の大血管障害を起こし、高血圧では脳梗塞・脳出血が、高LDL-コレステロールでは心筋梗塞が発症し、さらにこの二つは解離性大動脈瘤や動脈瘤破裂なども発症させ、しばしば死に至ります。糖尿病に高血圧や高LDL-コレステロール血症を併発するとこれら大血管障害の発症や死亡リスクが高まりますが、見方を変えれば降圧薬とコレステロール低下薬をしっかり使って基準値まで下げれば、致死的な大血管障害が起こりにくくなります。糖尿病単独では0.01mmレベルの血管しか障害を受けないからです。

 たとえ糖尿病といえども、血圧とLDL-コレステロール値をしっかり下げた状況であれば、癌を始めとする致死性の疾患によって死なないためにも体重を無理に減らしてHbA1cを下げるより適正体重を守るべきなのです。

 日本人の適正体重は男でBMIが23.0~29.9、女性でBMI21.0~26.9です。ただ、糖尿病はBMI27-30ではかなり悪化しますので、少なくとも男ではBMI23.0、女では21.0以下に体重を下げないことを目標にすればよいと思います。

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