癌とローカーボ食ハーバード大学
医療機関だけでなく一般の患者からも質問が多いのは、ローカーボ(糖質制限,低炭水化物)食と癌についてです。最新の大規模研究の成果をまとめました。
またブログにも生活習慣病と癌について掲載していますので、ご覧下さい。
・ 生活習慣病と癌 その1 こだわる理由
・ 生活習慣病と癌 その2 糖尿病薬による癌発生と無関心
・ 生活習慣病と癌 その3 体重減少がよいとは言えない
総死亡や癌死の研究方法
総死亡をアウトカムとする研究では、心筋梗塞、心不全、脳血管障害、癌、肺炎などの一般的死因から自殺まで幅広く死因を追跡します。とくに癌死では, たとえば胃癌が少なくなる食事では大腸癌が増えるので、一つの臓器の癌が減ったからといって癌全体が減るといる理屈は通りません。限られた条件の臨床研究や実験ではその条件では正しいのですが、少し条件を変えてみるとまったく別の結果となります。
したがって、たとえばローカーボ食がハイカーボ食に比べて人の疾患全体や癌に対して総じてよい影響を及ぼすか悪い影響を及ぼすかについてもっとも科学的に証明できる方法は少なくとも10万人規模、10年以上の大規模長期観察研究しかありません。これは大変な労力、時間、研究費(年間一億円以上)が必要なので国家的な支援や規模が必要です。したがって、世界でもそれほど多くはありません。その一つが今回紹介する研究です。
史上最大規模のコホート研究
2010年10月にローカーボ食の将来を決定する研究成果がハーバード大学のHuら(Fung TT et al.: Ann Intern Med 153、2010)によって発表されました。わたしたちローカーボ食推進派にとってある程度予想していたとはいえ、衝撃的な内容でした。
この研究はローカーボ食とハイカーボ食を合わせて13万人、20-26年間もの長期間追跡した大規模研究です。観察期間中に12,555人もの死亡が発生し、死亡原因を解析するのに十分なパワーがあります。食事内容と疾患、死亡の関係を目的とした研究ではおそらく歴史上最大規模です。この研究の特徴は脳心血管死亡数だけではなく癌死も目的としていること、4年に一回詳細な食事調査を行っていることです。
厳しく炭水化物制限をするほど総死亡は増える
この研究では炭水化物・糖質制限をローカーボ指数という新しいマーカーによって1-10群に分類しました。スコアはハイカーボ食で1、段階的にスコアは増して、最も厳しい炭水化物制限で10となります。
まず総死亡についてハザード比をみると、男性ではローカーボ指数が高くなるほどつまりローカーボ食を厳しく行うほど有意にハザード比は増加していました(図)。女性では有意ではありませんでした。死因別に解析すると、男性では癌死のハザード比はローカーボ指数が高くなるほど高くなりましたが、女性では高くなりませんでした(図)。
ここでハザード比とはローカーボスコア1(つまりハイカーボ食)に比べてどのくらい死亡数が増えるかの比です。たとえば喫煙者は非喫煙者に比べて癌死のハザード比は1.5くらいです。
また、ここでは詳しく触れませんが、ローカーボ指数が高いほど、つまり厳しい炭水化物制限をすればするほど、意外にも脳心血管死も増えていました。
食事内容をさらに解析すると
上記のような大規模研究の結果、つまりローカーボ食群はハイカーボ食群より死亡率が高いという研究は、ギリシャやスウェーデンからもすでに論文があります。しかし、それらは食事内容の詳細な解析はありません。ハーバード大学の研究が優れているのは食事解析の緻密さにあります。
1.5~2食炭水化物制限で喫煙と同じほど癌が増える
食事内容を動物性脂肪・蛋白質中心摂取群と植物性脂肪・蛋白中心摂取群別に解析すると、男女とも前者でのみ癌死が増加しますが、後者では増加しないこともわかりました(図)。男性の動物性脂肪・蛋白質摂取群で35%炭水化物制限群(1。5食制限レベル)では癌死のハザード比は1.45です。これは喫煙のハザード比に相当します。
臓器別では肺癌(男女とも)と結腸癌(男性のみ)では動物性脂肪・蛋白質摂取群では有意に癌死が増加しました。一方、植物性脂肪・蛋白質中心群ではむしろ低下する傾向にありました(図、ここではローカーボスコアを10段階から5段階へ簡略化しています)。
炭水化物を厳しく制限すると動物性脂肪・蛋白質が増える
ここで重要なのは、詳しい食事解析からきびしいローカーボ食を実行するばするほど動物性脂肪・蛋白質の摂取が増えていました。また、最も厳しいローカーボ食群(ローカーボスコア10)とは、動物性脂肪・蛋白質中心群で35%炭水化物率、植物性脂肪・蛋白質摂取群で40%炭水化物率であることです。
灰本クリニックの食事調査と比較すると、35%炭水化物率はおよそ1.5食~2食炭水化物制限 、40%炭水化物制限は1食制限に相当します。もし、さらに厳しく3食制限するとさらに癌死が増えるのはグラフから明らかでしょう。
ゆるやかローカーボ食の勧め
この論文から、2食~3食の厳しいローカーボ食を実行すると動物性脂肪・蛋白質摂取が増えること、それに連動して総死亡、とくに癌死、さらに結腸癌と肺癌死が増えることが明らかとなりました。一方、ゆるやかで植物性脂肪・蛋白質摂取が中心のローカーボ食では総死亡や癌死が逆に有意に減ることも明らかとなりました。日本の民間療法では厳しいローカーボ食が横行しており、長期的に見ると危険です。ゆるやかな炭水化物制限と植物性脂肪・蛋白を中心に摂取するゆるやかローカーボ食を行いましょう。
また最近、Huらは同じ大規模長期コホート研究(2011年)から、ローカーボ食を実行しても、動物性脂肪・蛋白質の摂取が増えると2型糖尿病の発病が増加することを明らかにしています。
灰本クリニックの最新食事調査から
上記はアメリカの食事調査ですが、灰本クリニックでもローカーボ食開始前(ほとんどはハイカーボ食)と後ではどのように動物性脂肪・蛋白質と植物性脂肪・蛋白が変化するかについて調査を始めています。
中間解析では炭水化物制限によって、日本人だから植物性脂肪・蛋白質を中心に摂取するだろうという予想は覆されつつあります。日本でもアメリカと同様にローカーボ食によって動物性脂肪・蛋白質が増えて植物性脂肪・蛋白は変化がないことが明らかになりつつあります。