低炭水化物、糖質制限に伴う脂肪摂取の増加は総死亡にどう影響するか?
人は摂取エネルギー(いわゆるカロリー)を炭水化物・糖質から得るか脂肪から得るかの二者選択しかありませんから、ローカーボでは低炭水化物、糖質制限なので、当然高脂肪となります。ローカーボ食=低炭水化物+高脂肪の食事となります。
栄養学的に脂肪、蛋白、炭水化物は総摂取エネルギーに対する比で表すので、低炭水化物になれば相対的に脂肪比は増加しますし、高脂肪になれば逆に低炭水化物つまり糖質制限になります。今回の話題は高脂肪摂取です。
脂肪摂取量が多いのはよくないか?
2011年のAm J Clin Nutrという世界の臨床栄養学のオピニオンリーダー誌から、びっくりするようなメタアナリシスと総説が発表になりました。21論文をメタアナリシスすると約35万人、5~23年追跡して1.1万人の脳心血管イベントが発生、そして飽和脂肪摂取量と脳心血管イベントハザード比をプロットしてみると、飽和脂肪酸摂取量と脳心血管イベント発生は関係がないことを明らかとしたのです[1]。
それでは、いままで飽和脂肪酸(主に動物性脂肪)が脳心血管障害によくないというのは、どのような根拠だったのでしょうか?
いろいろな総説を読んで明らかとなった理由は、
1)従来のエビデンスは少人数の研究からの結果だった[1]。
2)従来の研究では、飽和脂肪酸を食べると、LDLコレステロール値が上昇するからよくないという議論であった。この上昇は同時に食事に含まれるコレステロール摂取量の上昇によるもので、飽和脂肪酸によるものではない[2]。また、HDLコレステロール値も同時に上昇するにもかかわらず、その議論が希薄だった[2]。
3)飽和脂肪酸を減らす場合、その代わりにどの栄養素を増やすによって心血管イベント発生が異なる[3]。
上記のような理由で私たちは長らく飽和脂肪酸は悪という錯覚に陥っていたことになります。
飽和脂肪酸、一価と多価不飽和脂肪酸とは
詳しくは栄養学の専門書を読んで下さい。ネットでも簡単な情報なら入手できます。食品分析表から主な食品の飽和脂肪酸、一価と多価不飽和脂肪酸を表にしてみると意外なことがわかりました。今までこんな単純なことも知らなかったのかと思います。飽和脂肪酸=動物性脂肪、不飽和脂肪酸=植物性脂肪というステレオタイプな思いこみは間違いだと気づきます。いろいろな食品は飽和、不飽和、単価、多価の三種類の脂肪酸をいろいろな割合で含み、単一な脂肪酸だけで構成される主要な食品は一つもないのです。
これから先の議論はこの図を見ながら読みましょう。
飽和脂肪酸を減らしてどの栄養素に置き換えるか、という発想
最新の臨床栄養学はもっと人の食行動をしっかり捕らえています。飽和脂肪酸を減らしたなら、当然摂取エネルギーは減りますから空腹になり、なんらかのそれを代償する食行動、つまり別の栄養素を増やす行動をとらざるを得ません。それには三つの方法があります。①炭水化物を増やす、②多価不飽和脂肪酸を増やす、③一価不飽和脂肪酸を増やす、の三つです[4]。血清脂質の改善度は総コレステロール値/HDLコレステロール値で見ることにします[2]。
①の選択はいわゆるカロリー制限食(ハイカーボ食、高炭水化物+低脂肪)の戦略を摂ることになり、大規模研究では最も脳心血管イベントを増やしますし、血清脂質には悪い影響(総コレステロール値/HDLコレステロール値の上昇)を及ぼします[2]。
②の選択は主に植物性脂肪へ置き換える戦略で、この方法では脳心血管イベントは減少して、血清脂質にもよい影響(総コレステロール値/HDLコレステロール値の低下)を及ぼすことが明らかとなっています。エネルギー比で飽和脂肪酸を5%ほど多価不飽和脂肪酸に置き換えると、脳心血管イベントが10%減ると計算されています[2]。
③飽和脂肪酸を一価不飽和脂肪酸に置き換える戦略では、よいとも悪いとも言えないようです[2]。
癌や肺炎を含めた総死亡ではどうなる?
以上の結果は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の摂取量と脳心血管イベント発生の関係でした。これに癌や肺炎を含めた総死亡でみると、飽和と不飽和を含む総脂肪をたくさん食べることはよいことなのでしょうか?
このような研究は2005年にスウェーデンからの一つだけしか研究がありません[5]。それによると総脂肪摂取量と飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸(多価、一価別に)摂取量を階層化して4群に分けて、それぞれ総死亡、癌死、心脳血管死、その他の死亡ごとに解析していますが、いずれも有意差はありませんでした。総脂肪も飽和脂肪酸も不飽和脂肪酸も(多価、一価それぞれ)が増えても減っても総死亡には関係がないということです。つまり、脂肪摂取をあれやこれや要求するような根拠はないのです。
2010年アメリカのローカーボ食と総死亡の関係をみた大規模研究を詳細に読んでみると、炭水化物を植物性脂肪に置き換えた群は総死亡が減り、動物性脂肪に置き換えた群は総死亡が有意に増えています[6]。これはそれぞれの脂肪に原因があるのではなく、動物性蛋白が総死亡の原因ではないかという議論です。
日本人ではどうか?
上記の大規模研究の成果は欧米人を追跡結果です。欧米人はもともと脂肪摂取量が多く、総エネルギーの25%-40%を脂肪から摂取していますが[5]、日本ではせいぜい18-27%くらいでしょう。ちなみに40%脂肪比(総エネルギーに対する)は二食炭水化物制限、27%脂肪比は1食炭水化物制限のローカーボ食に匹敵します。
このような脂肪摂取量が少ない日本人でも、飽和脂肪酸の摂取量が多いほど脳心血管死は少なくなることが2010年明らかとなっています[7]。この結果は脂肪摂取が少ない日本でも大規模研究の結果は欧米と同じ結果となりました。
しかし、癌や肺炎を含めた総死亡では、飽和脂肪酸を食べた方がよいのか抑えた方がよいのか、不飽和脂肪酸ではどうなのかについては数万人の大規模研究はありません。
まとめと今後の課題
私たちが飽和脂肪酸(動物性脂肪)は×、不飽和脂肪酸(主に植物性脂肪)は○という根拠が最近数年間の大規模研究によって総崩れになりました[4]。数万人規模で10年以上追跡するようなデザインの信頼性が最も高いこともわかりました。少なくとも心血管イベントでみる限り、どうやら炭水化物を多く食べるよりそれを減らして飽和脂肪を増やした方が、さらに飽和脂肪酸よりより多価不飽和脂肪酸を増やした方がよいようです[4]。一方、総死亡で見ると総脂肪摂取との関係を調査した大規模研究でも総脂肪摂取量と総死亡の関係ははっきししないことがわかりましたが[5]、これは世界でまだ一つの大規模研究しかありません。
最後に、日本人で癌や肺炎を含めた総死亡ではどのような結果となるのでしょうか?私の友人が既存の大規模コホートで総脂肪摂取と総死亡の関係を明らかにする解析を開始しています。2012年中には日本人の結果はスウェーデンと同じか否かがはっきりするでしょう。
引用文献
1. Siri-Tarino, P.W., et al., Meta-analysis of prospective cohort studies evaluating the association of saturated fat with cardiovascular disease. Am J Clin Nutr, 2010. 91(3): p. 535-46.
2. Micha, R. and D. Mozaffarian, Saturated fat and cardiometabolic risk factors, coronary heart disease, stroke, and diabetes: a fresh look at the evidence. Lipids, 2010. 45(10): p. 893-905.
3. Siri-Tarino, P.W., et al., Saturated fatty acids and risk of coronary heart disease: modulation by replacement nutrients. Curr Atheroscler Rep, 2010. 12(6): p. 384-90.
4. Hu, F.B., Are refined carbohydrates worse than saturated fat? Am J Clin Nutr, 2010. 91(6): p. 1541-2.
5. Leosdottir, M., et al., Dietary fat intake and early mortality patterns--data from The Malmo Diet and Cancer Study. J Intern Med, 2005. 258(2): p. 153-65.
6. Fung, T.T., et al., Low-carbohydrate diets and all-cause and cause-specific mortality: two cohort studies. Ann Intern Med, 2010. 153(5): p. 289-98.
7. Yamagishi, K., et al., Dietary intake of saturated fatty acids and mortality from cardiovascular disease in Japanese: the Japan Collaborative Cohort Study for Evaluation of Cancer Risk (JACC) Study. Am J Clin Nutr, 2010. 92(4): p. 759-65.