レシピ集を使って脂質摂取の増加に成功
灰本クリニック 灰本 元
前回は「医師が実践するおいしい糖質オフ レシピ 216」を紹介しました。今回はそれを使ってたくさんの糖尿病患者さんに説明してみたら愕然としたのでその話題を書きます。ちなみに、第1刷は12,000部発刊したのですが、3か月間に10,000部近くも売れて早くも増刷となりました。
当院ではたくさんの糖尿病患者さんが買っていき、その患者さんたちに「糖質を減らしたときに脂を増やしていますか?」とわたしが質問すると、せいぜい2割の患者しか脂質摂取を増やしておらず、のこりの8割は「えっ、脂を食べていいんですか?」という反応だったのです。すでに数年間通院しており、初診の6か月間は毎月栄養指導を受けたはずなのに愕然としました。
以前にもコラムで書いたように「糖質を制限した分のカロリー(エネルギーとも言います)を脂質摂取で補う」のがローカーボ食の基本です。したがって、欧米では“糖質制限食”という名前よりも“高脂肪食(high-fat diet)”と呼ばれています。糖質を食べると血糖が上がり膵臓から血糖を下げるインスリンが分泌されますが、脂質をいくら食べても血糖は上がらずインスリンの分泌も起こりません。インスリンは別名肥満ホルモンとも言われ体内で中性脂肪が合成され体重を増やすのです。
すでに数年通院している患者でもこのていたらくです。どうして、脂質摂取が増えないのか?原因は患者の理解力ではなく、わたしや歴代の管理栄養士が具体的に増やすべき脂質量を明快に説明できていなかったことに気づきました。たとえば、糖質を-60g制限すると(男茶碗一杯分のごはんに含まれる糖質量で240kcalに相当、女性の茶碗一杯は糖質45g含まれ200kcalに相当)その分を脂質で補うなら27gの油(動物性、植物性のどちらでもよい)を上乗せする必要があるのです。これをわかりやすく患者へ伝えるなら「現在より大さじ2杯の油を増やしなさい(女性では1.5杯)」となりますが、わたしも管理栄養士も脂質を増やせと言いながら具体的な量を指示できていなかったのです。
今回、レシピ集の16ページには大さじ2杯増やせと大きく書いてあります。レシピ集の献立を開きながら男性の患者さんに次のように説明してみました。
①主菜の42ページ“豚肉ネギ塩炒め”を見せて(図1)、この献立1人前でどのくらいの油を使っていますか? 多くの患者は大さじ半分かそれ以下の返事でした。
図1
②この献立に大さじ2杯のサラダ油を使いなさい。そうすれば、今より大さじ1.5杯の油を増やせます。
③副菜には、たとえば119ページ「キュウリのピリ辛漬け」(図2)に大さじ半分のゴマ油を、139ページの「冷や奴」(図3)の明太子マヨネーズでもよいのですが、もっと簡単に塩+ゴマ油、塩+オリーブオイル、おかか+醤油+サラダ油でもOKですので大さじ半分の油をかけて食べてください。
①と③で大さじ2杯の油が増えます。油の種類はなんでもよいので料理に合わせて使い分けてください。オリーブ油が特に健康に優れていることはありません。高い値段のエゴマ油を使う必要もありません。
図2
図3
④大さじ2杯の油はお茶碗一杯のご飯に相当するので、夜中にお腹がすいてまんじゅうやクッキーを間食したり、カップラーメンを食べたりせずに済みます。
⑤17ページの日本人の脂質摂取量と死亡リスクの関係を見てください(図4)。高山市(人口約7万人)のうち2万8千人(平均年齢54歳)の食事調査を行い、16年も追跡すると約4600人が亡くなりました。亡くなった人と生きている人の脂質摂取量を比較してみると、一番たくさん脂を食べていた人たちは一番少なく食べていた人たちよりも死亡リスクは30%も減ったのです。つまり、脂肪をたくさん摂った方が長生きなのですから、脂をいくらとっても心配はありません。
図4
最後に⑤を説明すると患者はほっとした表情となります。一か月後の来院時に「油を摂ってますか」と聞くと、ほとんどの患者さんたちは「先生に言われたとおり大さじ2杯増やしてます」と応えてくれます。短期間で明らかに変化しました。
脂(油)は悪という先入観がすり込まれているのは患者さんだけではなく、歴代の管理栄養士も同じだったのではないかと反省しています。今回、「ごはん一杯分を減らすときには、必ず大さじ2杯を今までに食べていた油に上乗せしてください」という具体的な指示、そのなかでも肝心なのは男性で“大さじ2杯、女性で1.5杯の油を増やす”です。このような説明が成功の秘訣と思います。