日本ローカーボ食研究会

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患者の心(その1:切腹の心意気)

患者の心(その1:切腹の心意気)


渡辺病院 医師 中村 了 記

 ちょうど一年前、2016年の夏のことだった。
ある朝、尿が出せなくなってしまった。

 実は、その兆候はすでに20年前くらいからあった。数か月に一回程度だろうか、忘れたころに肉眼的血尿が出ることがあった。肉眼的血尿というと、いかにも真っ赤なトマトジュースみたいなヤツが出てくると想像されるかもしれないが、そうではなくて、排尿時にいきなりビュッと血の塊が出て、その後は、淡黄色透明な健全な液体が出てくる、というような次第で、なんとも不思議な症状だった。まだ20歳台だったその頃、念の為に腹部超音波検査や詳細な検尿の検査などを行ったが、別段の異常もなく、仲間の腎臓内科医たちも、これといった重症な病気を疑っている様子もなく、痛みも排尿障害もないものだから、そのまま放置していた。

そして20年がたった。
徐々に血尿の頻度が上がり、毎月のように症状が現れた。しかも、徐々に血の塊が大きくなってきたようで、膀胱の出口、すなわち内尿道口に、一瞬血塊が詰まるような感覚を覚えるようになった。時には、膀胱から血塊が脱出しても、その後、尿道の中を通るのに少々抵抗を感じることもあった。

そして、ついに。血海が詰まってしまった。
いちおう医療のプロなので、当座どう対処したらよいのか?は分かっていた。
まずは、強制的に尿を出すこと。つまり、尿道の出口(つまりペニスの先)から逆行性に細いチューブを挿入して、その細いチューブの先端を膀胱までたどりつかせる。そうすれば、詰まっている血塊を押しのけて、膀胱内から出たがっている尿を脱出させることができる。この操作を、専門用語では“導尿”という。
しかし、この作業を他人にやってもらうのは、少々恥ずかしいので、自分でやろうと考えた。この作業を、専門用語で“自己導尿”と呼ぶ。
一言で“自己導尿”と言うが、細いチューブを尿道に入れていくなぞ、研修医以後、ほとんどやったことがなく、もちろん、自分の尿道にモノをいれるなぞ、想像しただけでもイタい話だ。とはいえ、このまま膀胱が破裂しては一大事。物品を看護師さんに用意してもらい、意を決してトイレに向かった。
さて、いざ細いチューブを尿道に入れる体勢に入ったが、なかなか踏ん切りがつかない。戦国の武将など、切腹するときはさぞかし大変だったことだろう・・・などと、まったく関係ない人たちに、やたらと感心してしまったりする。
なに、切腹よりはマシだろう・・・ということで、エイヤッとチューブを突っ込んだ。
シカッ・・・と一瞬痛みが走ったものの、そのあとは痛み止めのゼリーが利いていたのか、鈍い痛みのみ。膀胱の出口(内尿道口)に到達したと思われるタイミングで、一気に尿が噴出した。なにせ慣れていないので、チューブから出てくる尿が、便器から外れないようにするのに必死だった。
あまりにホッとしたためか、少し腰の力が抜けたような感じがして、ジトッと顔全体から汗がにじんだ。
各種物品を処理して、何食わぬ顔してトイレから出てきたが、よほど憔悴していたのか、物品を用意してくれた看護師さんが“大丈夫ですか?”と心配そうに声をかけてきた。私は、やっとの思いで、“あ、うん、スッキリした!”とやせ我慢した。
どんよりと湿気の多い空気とともに、長い午前中が過ぎ去ろうとしていた。

続く

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