32.アルツハイマー病に対するケトン体の効果
糖質制限食(ケトン食)は認知症予防に役立つかもしれない!
アルツハイマー病に対するケトン体の効果:神経の代謝機能の低下、毒性およびアストロサイトの機能との関連で
Effects of ketone bodies in Alzheimer’s disease in relation to neural hypometabolism, toxicity, and astrocyte function
Leif Hertz, Ye Chen and Helle S Waagepetersen (Univ Copenhagen)
J. Neurochem. (2015) 134: 7 – 20
総説要約:ケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸)またはケトン体を生成する中鎖脂肪酸を食事から摂取すると、アルツハイマー病患者の精神機能が一貫して穏やかに回復することが判っている。この治療効果は、発症してしまった後よりは前臨床段階から処置すればより顕著であると云われている。アルツハイマー病の前臨床段階は、脳のブドウ糖代謝が10年の長きにわたり低下することが特徴であるが、ケトン体の代謝は発症後の早い時期でも正常に保たれる。ブドウ糖の代謝に変調が起こる一つの原因は、ノルアドレナリン動作性の脳幹核(青班核)が発症初期に破壊されることによるのであろう。青班核は少なくとも脳のアストロサイト(脳に多数分布する非興奮性のグリア細胞)のブドウ糖代謝を活性化する。これらグリア細胞の機能変調がアルツハイマー病発症の主な原因である。ペプチドのβ-アミロイド(Aβ)は、アストロサイトに作用してのその細胞質グルタミン酸の放出を減らしてシナップスの機能不全をもたらし、コリン動作性神経系による調節機能を妨害する(結果、記憶障害、認知障害、運動障害が起こる)。Aβは同時にブドウ糖代謝を低下させて過剰興奮反応を誘起する。
ケトン体はてんかん発作に対しても同じように使われる。しかし、その有効濃度はあまりにも高いので、ブドウ糖代謝およびグルタミン酸の新生に干渉してグルタミン動作性神経の信号伝達を弱めるに違いない(グルタミン酸は神経興奮伝達物質として記憶・学習などの脳高次機能に重要な役割を果たしているが、過剰になると内因性興奮毒として神経細胞障害作用が出て神経細胞死などの原因になると考えられている)。
これに対し、アルツハイマー病で用いるケトン体の濃度は低いため、アストロサイトのエネルギー代謝を活発にする効果が顕著となり、同時にグルタミン酸の放出を阻害するのかもしれない。
読後感想
動物細胞はブドウ糖の酸化によるエネルギー生産が困難になると、エネルギー源を脂肪(脂肪酸のグリセリンエステル)に切り替えて適応をはかる。しかし、脂肪酸は水溶液系では溶解度が低いので、リポタンパク質に結合するかβ-酸化により水溶性のケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸βHOB)にまで分解されて血流に乗って組織細胞まで運ばれ、アセチルCoAに変換されて呼吸によるATP生産のエネルギー源となる。ローカーボ食(low carbo diet)のことをケトン(体生産)食(ketogenic diet)とも云うのは、多めに摂取する脂肪によりケトン体の血中濃度が上昇することに注目したことによる。よく知られているように、糖尿病は、細胞が血中のブドウ糖を取り込む事が出来なくなってエネルギー不足に陥り、終末期には脂肪ばかりか体を作るタンパク質までもエネルギー源として供出して必要エネルギーの確保はかるため、まるでサイホンから水が流れ出るように体を溶かし出して死に至る病であり、その様からギリシャ語でサイホンを意味するdiabetesという病名がつけられた。
アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease)は脳神経系の病変により認知障害を起こす病であるが、糖尿病患者の罹患危険度が高いことが近年の研究で明らかになっている。AD発症の原因として脳内のアミロイドβの蓄積、タウタンパク質に異常が発生することなどが注目されている。一方、ADの発症の10年ほど前から脳細胞、中でも神経細胞の活動を積極的に支えるグリア細胞の一種のアストロサイトで糖代謝に異常が進行すること、しかしケトン体の代謝能はADの発症初期に至るまで正常であることなどが知られるようになった。糖代謝の異常という現象に関してADは糖尿病に類似しており、脳の糖尿病とも云われる所以であろう。だとすれば、ADの発症前から糖質食に替えてケトン食(ローカーボ食)を取り入れアストロサイトのエネルギー代謝の低下を抑止すればADの発症を防止乃至は発症に至る過程を遅らせることが出来る筈である。(加藤 潔)