ローカーボの尿中アルブミンへの効果
はじめに
尿中アルブミンは糖尿病の大血管障害や毛細血管障害の予後を予測できる。腎症二期の治療によって三期への進展を予防すると同時に一期への寛解も期待できるので、この段階の治療が最も重要である。血糖コントロールの改善だけでなく、血圧、血清脂質へ介入が 治療戦略である。ハイカーボ(カロリー制限食)下では、アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)やアンギオテンシン転換酵素阻害薬(ACE)が尿中アルブミンを下げることが確立されている。一方、ローカーボは血糖、脂質、体重のコントロールではハイカーボより優れていることも明らかとなっているが、この食餌療法が実際に動脈硬化を抑制するという証拠はまだない。また、尿中アルブミンへの効果についての報告もまだないのが現状である。そこで、私たちはゆるやかなローカーボ(moderate low-carbohydrate diet、目標炭水化物率30-45%)による一年間に糖尿病治療で、尿中アルブミンがどのくらい下がるかどうかについて検討した。
方法
2008年から2010年までの糖尿病新患144人(癌、非代償性肝硬変、心不全、腎不全(Cr>1.5)などを除く)のうち、ローカーボによる治療に同意した134人を追跡、そのうち3人は転居、7人が理由不明で来院中止、最終的に124人を1年間追跡して尿ビュウアルブミンの変化などを解析した(図1)。
ローカーボの指導法はHbA1c<9.0%では夕食のみの炭水化物制限を、9.0%以上では朝、夕の炭水化物制限を指導した。半年間は毎月個別指導、それ以降は必要に応じて個別指導した。患者は毎月来院して体重とHbA1cを検査、空腹時血糖値、インスリン値、血清脂質を3ヶ月毎、尿中アルブミンは6か月毎に検査した。全例に治療後6ヶ月目に3-day methodを用いた食事調査を行った。糖尿病薬をだけDM薬を使わない方針とした。HbA1c7.0%以下を目指して必要な症例ではメトフォルミンを中心として処方し、できるだけSU剤を使わない方針とした。血圧は135/80mmHg以下を目標として少量のオルメサルタン(5-10mg)+インダパミド(1mg)を中心に降圧薬を処方、またLDLコレステロール140mg/dl以下を目標にアトルバスタチン(リピトール)を投薬した。
統計解析方法は、尿中アルブミンはLog変換して減少率を算出した。血清脂質の変化については高脂血症薬の内服患者を除外した。Wilcoxon test、Mann-Whitney test、Spearman testなどのノンパラメトリック検定を用いて、P<0.05を有意とした。
結果
1. 124人(男、女)の平均年齢は62±9才、治療前の平均BMI: 24.3±3.7、HbA1c: 7.9±1.5%(JDS)、空腹時血糖値: 151±41mg/dl、インスリン値:7.6±5.1IU/ml、HOMA-IR: 2.9±2.3(表1)。
また、LDLコレステロール:131±31mg/dl、HDLコレステロール: 56±15mg/dl、中性脂肪:125±109mg/dl、eGFR: 82±11ml/min/1.73m2。
腎症一期68人、二期50人、三期6人でそれぞれの平均尿中アルブミンは表2に示した。
2. 一年後にBMI(23.5±3.7)、HbA1c(6.7±0.6%)、空腹時血糖(130±27mg/dl)、HOMA-IR(2.2±1.8)血清脂質(LDLコレステロール:125±27mg/dl、HDL-コレステロール:61±18mg/dl、中性脂肪:108±72mg/dl)はすべて改善したが、有意差があったのは、BMI、HbA1c、空腹時血糖値、HOMA-IR、HDLコレステロールであった(表1)。とくにHbA1cは以下のようなDM薬の使用を極力抑制した条件で、-1.2%を達成した。
この間、表1に示すように約4割の患者にDM薬が使われたが、6割はローカーボのみであった。
SU剤を中心とするDM薬の処方率と平均処方量は低下し、メトフォルミンのみ処方数や量が増えた。降圧薬とスタチン投薬数を表1に示した。
3. 124人の食事調査
平均摂取エネルギーは1734±416kcal/日、一日の炭水化物量165±51g、炭水化物率38±11%、一日の脂質量72±30g、脂質率37±11%、一日の蛋白質量81±24g、蛋白質率19±4%であった。コンプライアンスは良好であった。
4. 尿中アルブミンの変化
腎症一期では20%(95%CI: 4, 33%)、二期では53%(43、62%)、三期では40%(18、57%)の減少率を達成した(表3)。
特に腎症二期50人について詳しく解析を行うと、高血圧を合併した24人には全例少量のオルメサルタンが投薬されており、これらを除く26人(正常血圧群)では41%の減少率であった。一方、オルメサルタンを投薬した24人(高血圧合併群)では64%も低下した。
また、腎症二期から一期への寛解は52%の患者に、腎症三期から二期へは6人中2人であった(図2)。逆に一期から二期への進展は二人、二期から三期への進展は一人、この三人にうち二人は関節リウマチやウェジナー肉芽腫症でステロイドを内服していた。
5. 尿中アルブミン減少はHOMA-IR減少と有意な正の相関が見られた(図3)。
6. ゆるやかなローカーボはeGFRへは影響しなかった。
考察
平均38%炭水化物率のゆるやかなローカーボで、HbA1cは1.2%も下がり、腎症二期で尿中アルブミンは53%も下がった。小用量オルメサルタンの影響を除いても41%も下がった。この数字はハイカーボ下での大容量ARB投薬に匹敵している。ローカーボが血管内皮細胞の障害を抑制する可能性が見えてきた。また、大用量のARBとローカーボを併用すればもっと下がる可能性がある。また、ゆるやかなローカーボはeGFRへ影響しないこともわかった。
この減少はHOMA-IRの改善と有意に相関しているので、HOMA-IRが下がれば下がるほど尿中アルブミンが下がることを示している。すでに横断研究でHOMA-IRと尿中アルブミンは正の相関があるという報告は複数あるので、インスリン抵抗性が尿中アルブミンへ何らかの影響を与えている可能性は高い。
124人中、重症DM23人では(HbA1c9%以上)では33%炭水化物率のやや厳しいローカーボを実行して優れたHbA1c降下を得られたが、尿中アルブミン減少率はゆるやかなローカーボ群と厳しいローカーボ群で差は見られなかった。これは尿中アルブミンが高血圧や血清脂質など複数の危険因子の影響を受け、血糖コントロールだけで論じられない可能性もある。もう一つの可能性として、ローカーボ治療前の炭水化物量や率とローカーボ治療後の炭水化物量、率の差に注目すると、さらに正確な結果が導き出され、ローカーボ食の本質がもっと見えてくるのではないか。