患者の心(その3:まな板の上の鯉)
患者の心(その3:まな板の上の鯉)
渡辺病院 医師 中村 了 記
患者の心1 はこちら
患者の心2 はこちら
なんだかんだで、膀胱鏡の予約をしてあった日がやってきた。
この日は、朝から少々緊張していた。
検査による痛みはどの程度か?今日で問題は解決するのか、あるいは手術予定が入るのか?問題解決しなければ、またしばらく尿道カテーテルとお友達になってしまうのか・・・
昼からの予約だった。定刻前に病院に着いたが、しばらく30分ほどは待たされた。その後、検査着に着替えるように指示された。下半身の着衣は、御下を簡単に露出できるように穴が開いており、そこを一枚の布が覆うように作られていた。そして、その布がマジックテープで留められるようになっていた。こういった検査着は、下部消化管内視鏡などの際に使うものと似ており、さほど驚きはなかった。しかし、着替えたことで、さらに緊張感は増してきた。
“中村さ~ん”と検査室から呼ばれた。いよいよだ。
今回は、切腹ならぬ、まな板の上の鯉。
覚悟を決めて検査室に入った。
“じゃあ、ベッドの上にあがって、横になってください。”
足台が取り付けられた特殊なベッドが目の前にあった。
このベッドは、膀胱鏡をやりやすくするために、患者がベッドで横になり、股をひらく形で台に足を載せられるように設計されているものだ。この体位を、“砕石位”と呼ぶ。なんでも、石炭を採掘するときに、その石炭を砕く姿勢に似ているからだという。(諸説あるらしいが。)研修医のころは、しばしばこのベッドを手術室で目にする機会があったが、まさか自分がここに載ることになるとは想像していなかった。
おそるおそるベッドに横になり、股を広げて台に足を載せた。
両足を固定され、尿道に麻酔用のゼリーを挿入され、いよいよ内視鏡が入ってきた。
所々でシカッと痛みを感じるものの、すでに自己導尿で経験済みの程度であり、想定内のものであった。内視鏡は比較的スムーズに膀胱内に到達した。術者の先生は、“ああ、血腫ですね。癌では無さそうです。”と淡々と診断を告げられた。予想された結果であったとはいえ、やはりホッとした。
“では、あらためて後日、血腫を除去する段取りをとりますので、これで今日は終了しましょう。”ということで、ああ、またもう一回処置しないといけないのか・・・とがっかりしたり、一方で、今日はこれで終われるんだ、とホッとしたり、ともあれ、力が入っていた体全体が緩んだ。
ところが・・・
そこに同席していた院長先生が、
“いや、これは硬性鏡を使えば、今、取れるぞ!”と言いだした。
え?硬性鏡???
硬性鏡とは、いわゆる一般的な内視鏡のようにフニャフニャと曲がるヘビのようなモノとは違って、まさに硬い金棒のようなものであり、そんなものを尿道に突っ込まれたときには、死んじゃうよ!と急にドキドキしてきた。
そもそも、もう今日の検査が終わったものだと油断をしていたところであったために、この一言は10倍利いた。
“これくらいの血腫なら、吸引すれば取れるよ。”と院長はたたみかけた。
私の主治医は、
“このままですか?日を改めた方が・・・”と弱々しく抵抗を示されたが、院長先生は、私に向かって、
“このまま硬性鏡で処置すれば、今日中に血腫は取れると思います。ちょっと痛いですが、どうしますか?”と早口で、しかも強いトーンでおっしゃった。
おそらく主治医の先生は、腰椎麻酔などのしっかりとした麻酔をかけた上で、ゆっくりと処置をしてあげよう、という親切心から、日を改めましょうと言われたに違いない。しかし、院長先生の“今日中に血腫は採れる”というのも、また魅力的に聞こえた。“ちょっと痛いですが”と医者や看護師が言う場合、“相当に痛い”ということの婉曲表現であることを私は十二分に承知をしているが、それでも“今日中に”という誘惑に屈した。
“では、よろしくお願いします。”
賽は投げられた。