日本ローカーボ食研究会

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グルコースの輸送と生体膜

細胞膜とその特性

 十九世紀中頃までに「生命の基本単位は細胞で生命の座は細胞質にある」とする細胞説、原形質説が提唱された。

世紀後半には、ドイツの植物生理学者W. Pfefferが自身の浸透現象研究をもとに細胞は水を通すが溶質は通さない「半透性」の細胞膜によって囲まれていると予言し、加えて細胞膜は原形質由来の生きた器官で外界との物質交換も媒介するとの認識を示した。しかし、厚さ10nmの細胞膜の観察は当時の光学顕微鏡では及ばず、20世紀中頃の電子顕微鏡の発明、普及を待たねばならなかった。
 細胞膜、細胞器官膜など生体膜はリン脂質の二重膜(lipid bilayer membrane)と膜タンパク質が主要な構成要素で、その「半透性」は脂質二重膜の性質に由来する。溶質分子の外界との交換には脂質二重膜が障害となるが、膜を貫通するタンパク質のトランスポーター、チャネル、ポンプと呼ぶ溶質分子の輸送体が選択的で特異性の高い生体膜の「選択透過性」に関わっている。

 

膜輸送の物理

 膜輸送の熱力学によると、溶質分子jの膜輸送の駆動力はその膜を挟んだ内外の化学ポテンシャルの落差であり、ブドウ糖など電荷を持たない溶質分子では濃度差に起因するが(2.3RTΔlogCj)、電荷を持つイオンでは電気化学ポテンシャルの落差(zjFΔψ+ 2.3RTΔlogCj)である(ここにR は気体定数、Tは絶対温度、Cjは溶質jのモル濃度、zjは電荷、Fはファラデー定数、ψは膜電位)。水が渓谷を流れ下るようにこのポテンシャル落差を駆動力として自発的に起こる溶質の輸送を受動輸送(passive transport)といい、逆に自身のポテンシャル落差に逆らう輸送を能動輸送(active transport)という。云うまでもなく能動輸送には外部からエネルギーの供給が必須である。溶質分子の膜輸送はこのいずれかである。

 

グルコースの受動輸送とインスリン

 ほ乳類におけるグルコース(ブドウ糖)のトランスポーター(glucose transporter)としてGLUTファミリーが知られている。GLUT 1は全ての細胞で、GLUT 2は小腸上皮漿膜側細胞膜、肝細胞および膵臓β細胞で、GLUT 3は神経細胞で、GLUT 4は骨格筋および脂肪組織の細胞でそれぞれ発現するアイソフォームであり、主として血中グルコース(血糖)の細胞内への取り込みに関与している。因みに小腸上皮に発現するGLUT 5はフルクトース(果糖)のトランスポーターであった。
 食後小腸でグルコースが吸収され血糖値が上がると、膵臓のβ細胞でインスリンの分泌が盛んになる。インスリンは筋肉および脂肪細胞に作用してGLUT 4の発現を促進して血糖の取り込みを盛んにする。肝細胞ではグリコーゲンの蓄積、グルコースの分解を促進して脂肪酸の合成などを盛んにするので、肝細胞内のグルコース濃度が低下してGLUT 2を介した血糖の受動的取り込みが盛んになる。これが食後に上昇する血糖値が速やかに下降する理由である。
 GLUTファミリーはグルコースの促進拡散(carrier-mediated diffusion)を担うトランスポーターであり、インスリンが促進する膜輸送はグルコースのポテンシャル落差(濃度差)に沿う受動輸送である。

グルコースの能動輸送

 生物の特徴は必要な養分を外界から積極的に取り込むことにあり、小腸に於けるグルコースの吸収は能動輸送で、その担い手は上皮微絨毛の細胞膜に発現するSGLTと呼ぶトランスポーターである。SGLTはナトリウム・グルコース共輸送体(sodium-glucose co-transporter)で、小腸上皮ではアイソマーのSGLT 1が発現している。しかし、SGLTによるグルコースの能動輸送はナトリウム輸送が共役するものの生体の共通エネルギー通貨であるATPを必要としない。では能動輸送に必要なエネルギーはどこから供給されるのか?
 ヒトの細胞は細胞膜を介して細胞内がおよそ–90mVに帯電し、細胞内のナトリウムイオン(Na+)の濃度は恒に低く保たれている(12 mM)。因みに血液のNa+濃度は145mMである。これによって細胞膜を挟んで細胞の外から内に向かうNa+の電気化学ポテンシャル落差が保たれる。小腸上皮の微絨毛細胞膜においても同様で、Na+ は細胞内に向かう力にさらされる。このためNa+ がSGLT 1を介して細胞内へ流れ込む際にエネルギーの発生があり、これ利用して腸管内から上皮細胞内にグルコースが能動的に輸送される。細胞膜を介して維持されるNa+ のポテンシャル落差は、もとはといえばATPをエネルギー源とするNa+ 排出ポンプ(膜貫通タンパク質のナトリウム・カリウムATPase)が作り出したもので、ATPのエネルギーが形を変えたものである。このNa+ 排出輸送を「一次の能動輸送」と呼べば、SGLTを介する輸送はその結果細胞内外に生じたNa+ のポテンシャル落差をエネルギー源とするグルコースの能動的輸送であり、「二次的能動輸送」と呼ぶことが出来る(左図)。3.png二次であってもグルコースの輸送が自身のポテンシャルエネルギー落差に逆らう能動輸送であることに変わりなく、そのエネルギー源は突き詰めれば細胞が生産するATPであることに違いない。因みに腎臓の細尿管では糸状体で一旦濾過された原尿からグルコースが能動的に再吸収される。この過程にもナトリウム・グルコース共役輸送体(主としてSGLT 2)が関わる。細胞膜にあまねく発現するNa+ 排出ポンプはヒトの体が生産するATPの最大の消費者であり、つくり出されたNa+ のポテンシャル落差は神経の興奮・伝導、溶質分子の能動輸送等のエネルギー需要に常時対応している。

Aug. 2016
                              加藤 潔

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