投稿日時: 2014/10/16 11:16:00
灰本 元記
いずれの分野も最先端の知識を入手するためには短期間にたくさんの原著英論文と英文総説を読むしか方法はない。
「糖質制限食と果物の総説依頼を受けて -大規模研究と生理学の両立- その1」
静岡市に本部がある果樹試験研究推進協議会から糖質制限食の紹介とそれに少し果物との関わりを書いて欲しいという依頼を受けた。この団体は果物の振興を目的としており、定期的に機関誌を発行、果物に関する試験、新種の開発、成分の研究、農業、商品開発、販売など幅広い分野の方々が読むという。同時にこの会は農林水産省の外郭団体であって、研究機関も併設、中規模コホートを大学との共同研究で行っており英論文もいくつか書いていることがわかった。その英論文も機関誌も送っていただき、たいへんまじめな会であることがわかった。
幅広い読者ということは町の果物屋さんから大学や研究機関の農学、薬学の研究者までもが読むと言うことになってしまうので、どのような内容で書くかだけでなくどのような書き方をすればよいかも課題となった。この研究会が関与した英論文はれっきとした学術論文であって私も知っている海外専門誌への投稿もあったので、とりあえず学術的に書いてみるしかない。
糖質制限食の紹介は私たちの臨床研究から明らかとなった効果と課題、大規模研究から明らかとなっている批判や課題を書けばよいので、これは「正しく知る糖質制限食」や「暮らしの手帖」にすでに記載した通りの内容だから簡単である。問題は果物との関わりを少し入れて欲しいという要望にどのように応えるかであった。果物の臨床研究のほとんどすべては果物に含まれるAという物質が患者のBという限定した状態あるいは血液データを改善する、というものである。ということは、物質AはCという有害事象を起こすことになるかもしれないが、まだ研究されていないしそれに取り組む研究者もいないということになりかねない。果物に含まれる物質はおそらく数限りなくあるので、これを一つ一つ論文を調べてみても全体像はまったく見えてこないのである。
このような時にどうすれば壁を越えられるか? 私は若い頃、大学の病理学、研究所の生化学部門、がんセンター研究所などに所属していたので、たくさんの研究者と議論してきた。生化学部門に数年間所属して分かったことは大まかに二つある。一つは研究者の数ほどたんぱく質の数があること、そしてお互いの関係が分からないこと。もう一つは膨大な生化学知識のうち淘汰されて生き残っている基本的な原理や回路を知っておかないと医学の議論ができないことであった。前者は生化学の弱点、後者は利点を示している。後者については、ここでは糖質制限食であるから具体的には糖代謝と脂質代謝とその関係である。生化学の弱点は前者のごとく細かすぎて全体像は見えにくいことにある。私が長く所属した病理学も大同小異であって、ちまちました質疑応答の場面になると大規模研究の疫学者からあなた方の議論は確かに科学としてはおもしろいとが、だからと言って患者の発症や死亡が増えるかどうかにはまったく繋がらないではないか、という批判を常に受けていた。
そのような体験から、私にとって新しい分野である「果物と病気」の勉強を始めるとき、必要な知識はまず二つと考えた。①まず大規模研究の成果。つまり果物を食べる人は死亡に関連する病気が多いのか少ないのか、②果糖代謝とブドウ糖代謝の関係。つまり、マクロとミクロを同時に学習開始することである。そこで大規模研究は私が調べ、果糖代謝は加藤潔先生(名大名誉教授、植物細胞生理学、とくに細胞膜のプロトンポンプが専門)に勉強してもらうことになった。いずれの分野も最先端の知識を入手するためには短期間にたくさんの原著英論文と英文総説を読むしか方法はない。私には生化学の英単語が分からないから、果糖代謝の最先端を理解するのは不可能。逆に加藤先生は医学的な大規模研究を読み慣れていない。NPOで長いつきあいとなっている加藤先生と私はお互いの得意不得意の分野が相互補完的なことをよく理解していたので、二人の共同作業として“果物と糖質制限食の関わり”を書くことになった。締め切りは約1.5カ月後に迫っていた。