更新日: 2015年07月25日
灰本クリニック 灰本 元
大規模コホート研究の研究者に総死亡をアウトカムにしたとき,体重,血圧,HbA1c,LDLコレステロール,HDLコレステロール,喫煙,飲酒………….などのどれが一番大きい要因ですか,と質問したら
「その答えは難しい,そのような要因の優位性を今の研究の方法や結果からはっきりさせるのは難しい」という返事であった。
難しいなら糖尿病に限定してアウトカムを総死亡として,メタアナリシスによって確立された研究結果から類推してみよう。もはや糖尿病の予後は脳心血管障害とは言えなくなっている。合併する高血圧をきっちり下げて,スタチン内服させてLDLコレステロールをかなり下げてしまえば普通の人と脳心血管障害死は変わらない。およそ収縮期血圧を10mmHg,LDLコレステロールを40mg/dl下げるごとに脳梗塞死も心筋梗塞死も約25%さがる。したがって血圧を20mmHg,LDLコレステロールを80mg/dl下げることは現在の薬を持ってすればたやすいので,脳心血管障害死は-50%,つまり半分になる。これは健康な人と同じレベルとなる。
となると,糖尿病では残っているのは癌と認知症である。糖尿病では非糖尿病の1.3-1.7倍癌の発生や死亡が多い。肝胆膵,胃結腸の癌が増える。当院の患者さんを思い起こしても心筋梗塞で亡くなった患者さんは15年間に一人くらいで,脳梗塞死はほぼゼロである。当院では年間70人くらいの癌を発見しており,糖尿病患者はそのうち約1/2を占めている。日本では一般に発見した癌の約40%が亡くなる。したがって,癌で亡くなられた患者さんの顔を思い起こすだけでもたくさん浮かんでくる。とくに膵臓癌による死亡が多い。
血圧と高コレステロールを乗り越え垂れた後には糖尿病では癌と認知症が待っている。総死亡あるいは癌死と体重の関係をJPHCやJACCの日本人大規模長期観察研究に報告がある。当院の糖尿病患者の初診時平均年齢は60歳であり,論文で見る限り世界の平均値と比べ大きくは変わらない。日本人では総死亡をアウトカムにしたとき65歳以上ではBMIは20-30まで死亡危険度は同じであるが,20未満になると痩せれば痩せるほど死亡危険度は高くなる。BMI<20の痩せでもBMI>30の肥満でも癌発症は中間のBMIより高くなるが,癌死でみるとBMI>30はなかなか死なないが,BMI<20では痩せれば痩せるほど癌死は多くなっていく。
私は165cm,60kgでBMI=22.0である。もし私がStageⅡの胃,膵臓の癌に罹患して開腹手術を受けたら少なくとも10kgは術直後に減る。つまり,BMIはすぐに22.0から18.3まで落ちる。抗ガン剤が効くかどうかは別として,進行癌ならこのBMIから抗ガン剤治療が開始となる。抗ガン剤は種類によっては嘔吐,下痢などがあって体重は減ってしまうことが多い。私は果たして生き残れるでしょうか。皆さんはどう思いますか?もし私が70kg,BMI=25.7の小太りだったらどうだろう。術直後は60kgで今と同じであり,が抗ガン剤も楽々受けられそうな気がする。
なにも面倒な大規模研究の結果を待たずとも臨床的な感覚だけでも,小太りの糖尿病の方が長生きに決まっている。と思っていたら,すでに糖尿病のBMIと総死亡の関係を調べて大規模観察研究は3つある。JAMA(2012),New Engl J Med(2014年),Ann Intern Med(2015年)という世界の名だたる専門誌に掲載されておいる。ほぼ同じような結果である。もっとも新しいAnn Intern Medでは,糖尿病でも太れば太るほど死亡危険度が減るという結果であった。私は1000人の糖尿病患者を診ており,癌を発見する機会が多い。その臨床感覚にこれらの論文は見事に一致している。一方,認知症についてもLancet(2015)に200万人を10年追跡したでデータから,BMIが高いほどつまり肥満であればあるほど認知症の発症が低いことを示した論文が登場して,にわかに認知症分野でも騒がしくなった。
最初に設問にもどろう。糖尿病でアウトカムに死亡危険度に限定してみると,HbA1cよりも血清脂質よりも体重(BMI)が圧倒的に重要ということになる。その結果,体重が減るローカーボ治療はHbA1cの如何にかかわらずBMI<20では適応外と考えるのが当然である。